二〇世紀ひみつ基地

  1. 秋田市楢山大元町“舌状窪地”太平川旧河道を歩く

    ▼楢山 “舌状窪地” のひみつ 前回のエントリー「202307秋田豪雨・秋田市楢山大元町の甚大な被害」の続編。 2023年7月中旬、秋田県で発生した大雨で多大な被害を受けた地域のひとつ、秋田市楢山大元町の “いびつな舌” のような、不思議な地形の成り立ちを探る。 まず楢山大元町の位置を、前回の記事を引用して確認。 ▲地理院地図 色別標高図 秋田駅から1kmほど南方、西に羽越本線、東に奥羽本線・秋田新幹線と、ふたつの路線に...

  2. 八橋公園のクマは十七連隊の朝鮮みやげ

    2022年8月26日、当ブログの記事「ドトリバ踏切のひみつ・金照寺山麓防空壕」へのアクセス数が急上昇。踏切事故でも発生したのかと思いネットをチェックすると、金照寺山の麓、JR羽越線土取場(ドトリバ)踏切近くで熊が目撃されたという。とうとうこんな市街地まで出没するようになったのか。 1902(明治35)年に開通した、奥羽線の工事で分断された金照寺山の裏山・一つ森公園の駐車場では、2020年年4月、2頭の熊が目撃されて...

  3. 金照寺山の防空壕跡は農園の貯蔵庫跡?

    ▼金照寺山・熊沢の崖に横穴を見る ▲2010.06 金照寺山 右手に熊沢 金照寺山の山頂・七つ森へと向かう道すがら、南側に開けた地点から、草木の枯れた時期に熊沢の谷を見下ろすと、草陰の斜面に三つの横穴がおぼろげに見える。それは僕らが防空壕と呼んでいたもの。 ▲2013.06 金照寺山 熊沢 ▲2013.05 金照寺山 熊沢の横穴 上掲画像、左側の横穴の前に「危険ですから立入禁止 秋田市」の看板。横穴の前を通る小道沿いに、昭和52(1...

  4. 酒場「かっぱ」と文人と・川反「かっぱ小路」

    ▲川反「かっぱ小路」今昔(3)文学編 前回記事「川反「かっぱ小路」と酒場「かっぱ」のこと」のつづき。 ▲川反「かっぱ小路」2004.03 秋田市川反(かわばた)の「かっぱ小路」にかつて存在した酒場「かっぱ」の常連客には、新聞記者が多かったのは、前回の引用記事のとおりだが、その常連記者のひとりが『河北新報』秋田版の連載記事「秋田と文学の周辺」のなかで、酒場「かっぱ」について言及している。 ‥‥前略‥‥ 川反の中...

  5. 川反「かっぱ小路」と酒場「かっぱ」のこと

    ▲川反「かっぱ小路」今昔(2)戦後編 前回記事「川反「かっぱ小路」に旧料亭の土蔵出現」のつづき。未読の方は是非そちらから。 ‥‥前略‥‥時はさかのぼって昭和10年代後半。大東亜戦争が長期化するなか、芸者置屋と料理屋が軒を連ね、夜ごとのにぎわいをみせていた川反も、次第に客足が遠のき、やがて開店休業状態に落ち入る。 さらに追い打ちをかける事態が起こる。終戦を目前にした昭和20(1945)年7月、空襲による戦災を最...

  6. 川反「かっぱ小路」に旧料亭の土蔵出現

    ▲川反「かっぱ小路」今昔(1)戦前編 ▲ 川反「かっぱ小路」2010.12 秋田市大町五丁目、旧町名・秋田市川反(かわばた)五丁目の「かっぱ小路」突き当たり、青地に白抜きの「かっぱ小路」の看板がある建物に、かつて「かっぱ」という名の酒場があった。この店名が「かっぱ小路」の由来。 酒場「かっぱ」の女主人、そして「かっぱ小路」の大家で、  “かっぱの母さん” と慕われた中野ヨ子(よね)さんが亡くなられたのは、今(202...