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烏瓜の灯火とカボチャランタン
ハロウィンといえば、カボチャをくり抜き、目鼻と口を開け、中にロウソクを灯すランタンが付き物だが、これは、死者の霊を導き、悪霊を追い払う、古代ケルトのかがり火に由来するものという。日本での御盆の迎え火、送り火(灯籠流し)に相当し、その時期、ハロウィンのようにカボチャや瓜で灯籠を造り、迎え火とする地方もある。ハロウィンのカボチャのランタンは、子供のころの「烏瓜の提灯」の想い出につながる。夏休みの終わる...
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ハロウィンと七夕・御盆
キリスト教徒でも無い者が、キリスト降誕のクリスマスを祝い、聖人バレンタインの祝日・セントバレンタインデーは、チョコレートメーカーのキャンペーンに利用され、変質して日本に定着した。最近ではハロウィンなどというものが幅を利かせている。日本人はなんて無節操な人種なのだろうか。ハロウィンは古代ケルト民族の収穫祭が起源で、アメリカへはアイルランド移民によってもちこまれ、キリスト教の行事と習合したという。どう...
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枯葉の蒲団にくるまって
場所・秋田市千秋公園掃き寄せられた枯葉にくるまって気持ち良さそうな猫に、「こっち向いて」と猫語で声を掛けたら、レンズに顔を向けてくれた。お願いだからそんな眼で見つめないでおくれ。...
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「ミルク焼」は郷愁の風味
五十年以上の歴史がある鈴為の「ミルク焼き」。大判焼きよりも高価、しかも限定生産で早めに売りきれるため、子供のころはめったに口にすることのできないものだった。「ミルク焼き」といってもミルクは入っていない。その命名は上質の小麦粉を使った乳白色の皮からという。香ばしく弾力のある皮のなかに、少し塩味の利いた十勝産小豆の粒餡がたっぷり。白き薄皮をやぶらんばかりに詰まった、ごろりとした粒餡は、外観の白い肌と、...
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幻の仁別川の流れを辿る
佐竹氏転封以前、仁別川(旧旭川)の流れは、神明山(千秋公園台地)の西裾をすれすれに流れていた。手形鉄橋付近を起点とし、通町橋から五丁目橋までは直進する現在の旭川の一部は、堀替えによる人工の運河ということになる。久保田城築城と同時に着工し、約十六年の歳月を要したといわれる、初代藩主佐竹義宣による旭川堀替の大工事は、仁別川の流れを堀替えて西方に移して現在の河道とし、川を境に西側を町人の町(外町・トマチ...
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「羊羹だんご」と「羊羹パン」
横手の名物に「花見だんご」がある。その特徴は、平べったくつぶされただんごに、羊羹の餡がコーティングされていること。これは全国的にみても珍しいだんごではないだろうか。県内では横手だけではなく、県南地方に広くみられるものだ。食べやすい形状と、羊羹のなめらかな舌触りが特有な食感を生み、甘さは控えめでさっぱりとしている。春先から六月ころまでの期間限定商品だが、最近は生地に菊の花を練り込んだ「菊見だんご」を...
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松の木に刻まれた戦争
千秋公園に散在する矢羽根形に皮をはがされた松の木、それは子供にとって不思議な存在だった。低学年のとき「昔のサムライがこれを弓矢の的にしたんだ」と推理し、そのことを父親に話すと、あれは戦争中にショウコンユを採った跡だと教えてくれた。千秋公園・長坂ケロイド状にふちどられた傷跡が痛々しい大東亜戦争末期、南方の占領地からの石油輸送が困難になると、時の政府はオクタン価が高く航空機の燃料として最適だった松根油...
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金萬は秋田名物ではなかった!?
秋田名物「金萬」は、卵・蜂蜜と小麦粉で作った焼皮に白餡を包んだお菓子。昭和28年、秋田駅前の金座街に誕生したことから「金萬」と名付けられた。初期の広告などでは「金万」と表記されている。駅の真向かい、パチンコ屋の並ぶ通りにあった「金萬」には、製造機が設置されていて、カシャンカシャンとリズミカルな音を響かせて、半自動的にまんじゅうが作られる工程を見ることができた。機械の音と焼きたての甘い香り、時折その様...