1. 「中将湯」という銭湯と「バスクリン」

    「ツムラ」といえばまず「バスクリン」を連想するが、明治二十六年創業の老舗・津村順天堂(現・ツムラ)の礎をつくったのが、奈良時代の悲劇の皇女「中将姫」が考案し、創業者の母の家に伝えられていた家伝薬を改良したという婦人薬「中将湯」(ちゅうじょうとう)である。この和漢薬からのちに「バスクリン」が誕生することになる。明治三十一年 雑誌広告広告にはまだ津村のシンボルマーク「中将姫」が使われていない。ある日、...

  2. アゴラ広場に巨大かぼちゃ出現

    08.01.23 アゴラ広場数日前から秋田駅前アゴラ広場に、水玉模様の巨大かぼちゃのオブジェが出現し通行人の眼を惹いている。「水玉のかぼちゃ」といえば、現代アートの重鎮、水玉の女王・草間彌生。彼女の夢のなかにあらわれた巨大かぼちゃをテーマに多くの作品が誕生した。この巨大かぼちゃのインスタレーション、2007年10月、香港のハーバー・シティにおいて開催された個展のために制作され、会場前の広場に設置された新作で、大...

  3. 辻呉服店の昭和モダン広告

    新聞広告 昭和10年中央の図案家の手によるものか、モダンでセンスの良いデザインが、紙上でひときわ眼を惹く、辻呉服店(辻兵)の広告である。効果的にちりばめられたカタカナの書体は、カタカナ文字だけで日本語を表記すべきであるとの主張を基に、カタカナを国字とする運動を展開した「カナモジカイ」が、大正十四年に賞金をかけて募集した活字字体を改良した「ホシ」とネーミングされたモダンかつ美しい書体。「ホシ」活字見本...

  4. 平成二十年度・梵天奉納祭&なまはげ太鼓奉納

    一月一七日秋田市赤沼・太平山三吉神社里宮昨年は雪もなく春のような暖気のなかでの祭りだったが、今年は日中も氷点下の真冬日、梵天(ぼんでん)はこうでなくちゃ盛りあがらない。雪の白さにこそ梵天の極彩色が際だつ。企業と団体の梵天が納まり、いよいよクラスマックスの村梵天。その前に、今年は「なまはげ太鼓」の奉納があった。数ある「なまはげ太鼓」集団のなかでも、現在最も注目され評価が高い「なまはげ郷神楽(さとかぐ...

  5. あやたんブログ「あやタメッ!」始動

    1月15日から日テレ動画サイト、第2日テレ報道部内で、あやたんのブログ「あやタメッ!」始動。伊藤綾子アナの「あやタメッ!」動画キャスターブログ リアルタイム【リアルエンタメ】...

  6. ディスコ夜光虫の時代

    新聞広告 昭和47年(1972)昭和47年(1972)11月2日、協働社大町ビル一階にディスコ「夜光虫」オープン。これが秋田における本格的ディスコの誕生であった。ディスコではなくデスコとあるのが時代を感じさせる。キャッチコピーが「夜の《六本木》をあなたに・・・」。「夜光虫」がオープンする前年、六本木に「メビウス」がオープン。生バンドとレコードの併用が普通だった従来のディスコに対して、「メビウス」は日本で初めてレ...

  7. 来客に「茶町遠くて」不調法

    ●茶町の茶舗「繁田園」 ▲秋田市茶町通り「繁田園」 04.07 武州狭山、現在の埼玉県に文化十二年(1815)創業の老舗・繁田製茶が、東北地区への狭山茶販路拡大の一環として大正五年、秋田市茶町扇ノ丁に支店を開設したのが今の繁田園。この秋田店からさらに、仙台繁田園、札幌繁田園、盛岡繁田園、東京繁田園がのれん分けされた。 繁田製茶が昭和初期にはじめた茶会から、のちに煎茶道流派「狭山流」(きょうざんりゅう)が誕生す...

  8. 日米看板対決「ローソンvs繁田園」

    サァーサァーお立会い、これより秋田は山王大通りに於きまして、史上まれにみる飲物容器看板対決、「ローソンのミルク缶」vs「繁田園の茶壺」の巻のはじまり、はじまり。御用とお急ぎで無い方はゆっくりと聞いておいで見ておいで。まずはご覧あれ、手前に突き出す看板は、青地に白のミルク缶でおなじみの、もとをたどれば1939年、米国はオハイオ州のJ.J.ローソンさんが始めました、牛乳屋さんに端を発するローソンの商標。おいしく...

  9. 理髪館のあるY字路

    デザイナーから画家に転身した横尾忠則による「暗夜光路」( 2000年発表)にはじまり、やがてライフワークとなる、Y字路をテーマにした絵画シリーズは不可思議で魅惑的な作品群である。(下記関連リンク参照のこと)はじめてその絵画を眼にしてからというもの、Y字路を見つけては記録してきたが、心動かされる求心力がある魅力的なY字路にはなかなか出逢うことができない。横尾氏の描くY字路にしても、現実そのままの風景では...

  10. 産土参りと初詣

    秋田市内で初詣の人出が多い神社といえば、赤沼の三吉神社、千秋公園の弥高神社など。それらの人気のある神社にお参りすることは結構なのだが、その前に各自の産土神社に詣でることを忘れてはならない。産土(うぶすな)を簡潔にいえば、それぞれが生まれた土地の守り神。村の鎮守様のような身近な神社のこと。生まれた場所を離れて生活してる場合は、その最寄りの神社もまた産土となる。ちなみに、藩政期における久保田町(まだ牛...

  11. 謹賀新年

    二丁目橋を通過する市電 1960s那波家防火並木、二丁目橋付近 07.12.31昨年中は「二〇世紀ひみつ基地」を、ご閲覧ならびにコメントを頂きありがとうございました。おかげさまでブログを開設して四回目の新年を迎えることができました。本年もご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。平成二〇年 元旦...