1. 桜田淳子が天使だった時代・阿久悠物語

    ●夢みる天使昭和47年(1972)7月19日、秋田県民会館を会場に、日テレ系のオーディション番組「スター誕生!」秋田大会の収録が行われた。当日は約700人の秋田予選を通過した14人が出場、7人ずつ2週分(7月30日・8月8日放送分)を、竿燈や秋田音頭など郷土芸能を織りこんで収録するのだが、スタッフと番組の企画者であり審査員もつとめていた作詞家の阿久悠は、県民会館の客席に座り収録開始を待つ、秋田市新屋に生まれ、西中...

  2. ケヤキ並木のレストラン・那波家水汲み場

    08.07那波家の水汲み場を見下ろし、ケヤキ並木がこんもりと茂る、秋田市大町二丁目橋のたもと、つい最近まで「秋田コミュニティFM」のスタジオだったガラス張りの建物を改装したレストラン。建物の一角で営業していたレストラン「和我母」(わがママ)が、「秋田コミュニティFM」の移転にともない、スペースを広げて新規オープンしたもの。06.11 水汲み場とケヤキ並木川反の各町にあった水汲み場を「カド」といい、今も残る那波家...

  3. 平成二十年度「土崎湊祭り」曳山の風流

    平成二十年七月二十・二十一日土崎港祭り土崎神明社例祭三十台の曳山の一部幕洗川一区・外題「天に舞う 白光一閃 源家の基」将軍野二区・外題「北信の雄 砥石の勝閧」幕洗川三区・外題「天下無双 九鬼の鉄船」加賀町・外題「悲豪の先駆け 弭槍十一段抜き」相染町・外題「豪将教経 威信をかけた 孤高の勇姿」旭町一区・外題「豪勇一閃 白狒狒貫く 岩見の大太刀」岩見重太郎の狒狒(ヒヒ)退治の場面、銀色の爪の面妖な狒狒...

  4. 平成二十年度「土崎湊祭り」点描

    平成二十年七月二十一日土崎港祭り土崎神明社・例祭穀保町御旅所祭猿田彦(さるたひこ)の神は、天津神(あまつかみ)の天孫降臨のとき、天の八衢(あめのやちまた)に居て、高天原(たかまのはら)から葦原中国(あしはらのなかつくに)までの道のりを照らし、先頭に立って道案内をしたという国津神(くにつかみ)。鼻の高く赤顔の天狗は猿田彦が原型とされている。穀保町の御旅所から相染町の御旅所へと渡る御神輿渡御(おみこし...

  5. 平成二十年度「土崎湊祭り・宵祭」点描

    平成二十年七月二十日土崎港祭り土崎神明社・宵祭珍しく両日共に休日となった今年の祭り。梅雨明けの夏らしい暑さの中、「寄せ太鼓」の躍動的なお囃子に誘われて土崎の町を歩く。わっぱ(車輪)のギリギリと軋む音と軽油の香りが夏本番を実感させ、勇壮な曳山、多彩なお囃子、各町内で意匠を凝らした揃いの浴衣等で披露される演芸が風流を極める。高天乃原仁神留利座須(たかまのはらにかむづまります…)祭りの常連になったケバブ...

  6. 「竿燈」をパクリ続けた「がいな万灯」の新デザイン

    「日本海新聞」に「竿燈」をパクリ続けた「がいな万灯」の新デザインについての記事が掲載された。日本海新聞web 版より(画像クリックで本文へ) 新しい万灯のデザインは「米子」にちなんで「米」の形をイメージし、中段のちょうちんを増やして全体をひし形にする▽吹き流しを取り付ける▽最上段と最下段のちょうちんを六角形とする-などの改善を加えた。 今夏のがいな祭で新しい万灯一基を披露し、来年度から全基モデルチェンジ...

  7. なつかしき夏祭りの夜・ 牛島の祭り

    平成二十年度 三皇熊野神社例大祭・本祭七月十三日牛島商店街という郷愁の街並を背景にくりひろげられる夏祭りのたそがれ時は、タイムトラベルへのスタートライン。車両が止められた通りの闇が深まるにつれ、遠いあの日へと、タイムマシーンは加速してゆく。最近まで夏祭りの夜を彩っていた、ノスタルジックワールドの舞台装置「牛島のババの店」に明かりの灯ることもなく夜も更けて、祭りのあとの淋しさと一緒に、いつもの日常へ...

  8. 「竿燈」をバクッた「がいな万灯」の顛末

    昭和六十一年、陸上自衛隊米子駐屯地の隊員が秋田の自衛隊員に「竿燈」を習ったことをきっかけに、鳥取県米子市に「竿燈」をそのままパクッた「がいな万灯」が誕生、徐々に規模を大きくして、今では米子の名物と呼ばれるまでなった。 米子がいな祭り2 がいな万灯 普通シーン「がいな万灯」が行われる「がいな祭り」は、「竿燈もどき」のほかに「YOSAKOI」と「花火」がミックスされたオリジナリティーのかけらもない「米子...

  9. 画伯は鹿嶋神社の生き神様・楢山御船町

    ●はじめに鬼面ありき鹿嶋祭りが行われる御船町(現・楢山登町)の鹿嶋神社境内に、弘化二年(1845)に建立された「倉稲魂神碑」(うかのみたまのかみひ)があり、市指定文化財に指定されている。地名を御船町というように、当時この付近に旭川の船着き場があり、米俵の積み降ろしの際にこぼれ落ちた籾米を供養するために建てられたもの。地名はその後、追廻(おいまわし)と変わり、現在は登町の一部となっている。鹿嶋神社の創建...

  10. 楢山御船町の鹿嶋祭り

    秋田市祭事記・初夏(四)厄祓いと子どもの成長を願う、御船町(現・楢山登町)鹿嶋神社の本来の祭日は旧歴五月二十三日、現在は七月の第一日曜日に行われている。悪魔祓いの鬼が町内の家々を廻り、碇をかかげる弁慶人形を鹿嶋船の舳先に置き、船尾(見返し)に案山子を乗せ、舵をつけるなど、内容は川尻地区の鹿嶋祭りとほぼ同じだが、船体にガツギ(マコモ)は使わず、鹿嶋人形の顔も新屋および川尻のものとは異なる。船の中心に...

  11. 70s「朋ひろこ」という秋田生まれの歌手がいた

    昭和46年 新聞広告秋田出身の新人歌手・朋ひろこが秋田市有楽町にかつて存在したクラブ「キングスター」に出演した、昭和46年(1971)6月の新聞広告。彼女のことを覚えているだろうか。本名・杉原優子、昭和24年(1949)秋田市生まれ。南中卒業後、敬愛高校(現・国学館高校)に進み、卒業後上京。在学中に通っていた歌謡教室の紹介で、演歌の大御所・大沢浄二(作曲家)のもとでレッスンを積みながら、本名で女優・モデル活動を...

  12. 河骨は真昼の闇に灯りけり

    船形手水鉢・千秋公園伝説の船形手水鉢(ちょうずばち)がすえられた、千秋公園の茶室・宣庵の池(霊泉)に、六月になるとスイレン科の水草・コウホネが黄金色の花をつけはじめる。茶花として千利休が好んで用いた花だ。白く露出する根茎が骨のように見えることから、「河骨」と書いてコウホネと読ませる。漢方では根茎を「川骨」(せんこつ)と呼び、強壮薬・止血剤・婦人薬として用いる。澱粉を多く含むこの時期の根茎は食用にも...

  13. ヤートセ秋田祭 2008・点描

    第11回 ヤートセ秋田祭2008年6月28日-29日秋田市大町・通町このイベントがなぜ、ヤンキー集団的色彩が濃く、「歌舞伎の隈取り」をシンボルとしているのかについては、「かぶく者たち・YOSAKOIソーラン系の不良性」で。________関連リンクヤートセ秋田祭公式サイト第11回ヤートセ秋田祭 旗の競演(1) youtube 動画第11回ヤートセ秋田祭 旗の競演(2) youtube 動画関連記事狂い咲くあだ花の如く・ヤートセ秋田祭大館曲げ...