-
千秋公園の水鳥モニュメント二題
阿部米蔵によるパブリックアート・その5阿部米蔵「少女と鳥」昭和36年(1961)アヒルのくちばしから吐き出された水が池に注がれる噴水仕掛けのブロンズ像。千秋公園二の丸に設置されて間もなく、アヒルの首が切断される事件があり、それを継ぎ合わせた痕跡がある。阿部米蔵「渚の白鳥」昭和29年(1954)右が原型、左が現状新制作協会展に初入選した翌年に制作した初期の白セメント彫刻。千秋公園二の丸の、もともとは市立美術館(...
-
“五城目のトメさん”に逢えた「川反ビル」は今
川反四丁目「川反ビル」2004.03この看板にある店のほんどがすでに廃業、今もこの場所で営業を続けているのは「やきとり安さん」「あきやま」「千田」だけか?。「川反ビル」の有名店といえば、伝説の“五城目のトメさん”と逢えるスナック「モナリザ」。トメという名の五城目のお婆さんの、とんちんかんでユーモラスなエピソードが、若い女性たちを中心に話題となったのが1980年代初頭のこと。そのうわさを耳にした秋田市大町四丁目...
-
交通安全のモニュマン・山王大通り
阿部米蔵によるパブリックアート・その4阿部米蔵「交通安全のモニュマン」昭和39年(1964)交通事故による死者数が急増し「交通戦争」という新語が生まれた30年代末に、交通安全の願いを込め、秋田ライオンズクラブが建造した、「女子中学生が小学校の男児をいたわりながら道を渡る姿」を彫刻したブロンズモニュメント。当所は二丁目橋の東側、土手長町通りの第一勧業銀行秋田支店(現・みずほ銀行秋田支店)前の中央分離帯緑地に...
-
消えた維新の名残・陸軍用地標石
●明治維新を語る道端の標石2009.03秋田市千秋久保田町の結婚式場「秋田セントポール教会」附属レストラン「フォンテーヌ」南隣の空き地に、つい最近まで「陸軍用地」の文字とその右上に「三一」と番号が刻まれた、高さ三十センチほどの石柱が道路のある西側を向いて設置されていた。かつてこの石柱の道路をはさんだ西側に、久保田城の外堀が水をたたえていたことから、外堀の東側の旧町名を手形堀反(ほりばた)町という。詳細は下...
-
自由の群像・八橋陸上競技場前モニュメント
阿部米蔵によるパブリックアート・その3阿部米蔵「自由の群像」昭和36年(1961)八橋運動公園昭和36年の秋田国体に合わせて整備された市営八橋陸上競技場の完工を記念して競技場正面に設置された、秋田県出身の遠藤幸雄・小野喬の両体操選手の内面的精神美をモデルにしたというブロンズ作品。スポーツのトレーニングを通して「太平の峯を憧憬・・・港の水を誘う」と歌う人間のモニュマンを象徴するに、「眼横鼻直」の先哲のことばに...
-
小さな瞳 夢みるチョコレート・追悼しばたはつみ
先月の末(10.03.27)実力派歌手・しばたはつみ が57歳で急逝した。 昭和27年(1952)に生まれ、米軍キャンプの将校クラブで唄い始めたのが9歳、CMソング関しては15歳頃からだという。その後、昭和のテレビジョンで数多くのCMソングを唄った。NHK紅白歌合戦(昭和52年)に出場を果たした代表作「マイ・ラグジュアリー・ナイト」は東洋工業のロータリーエンジン搭載車・マツダコスモのCMソング。そのシングル...