1. 歴史遺産「旧秋田感恩講土蔵群」を見る

    ●今、再びあらわになった歴史的土蔵建築2004.03 「新政酒造」貯蔵タンク前2010.08 「新政酒造」貯蔵タンク前大町六丁目に立つ「新政酒造」貯蔵タンクのうち、北側の二本が撤去され、その裏側に隠れていた土蔵の全貌が久々にあらわになった。2010.08 手前にタンクの痕跡この土蔵は北隣の街区公園の地に江戸後期に創設された、窮民・孤児らに救いの手をさしのべ、水害・火災・凶作などの天災に際して被害者を救済しつづけた、日本に...

  2. 踊るあやたん蔵出し画像&あやたん時計

    05.0905.09ハードディスクを整理していたらこんな写真が出てきた。サンパティオ大町の中庭を会場に、土曜日のたそがれどきに始まるトワイライトリレーコンサートの一コマ。リレーコンサートの最終日にあたる 2005年9月10日、午後7時過ぎ、水玉模様の衣装で華麗にフラメンコを舞う、妙なオーラを放つ女性に目が惹きつけられたが、それが当時 ABS 秋田放送に在籍していた伊藤綾子アナだとは、彼女がフラメンコを趣味としていること...

  3. 路上に白き足跡・足型ストップマークの謎

    十数年前の竿燈期間中の夕方、寺町の家々の玄関前に点々とマーキングされた足型マークを指差した観光客から、「このマークは竿燈の立ち位置ですか?」と質問された。「これは子どもの飛び出しを注意するマークです」と答えると、その夫婦づれは「ほう、そうなんですか、はじめて見ました」と、えらく感心していたのだが、日頃あたりまえのように目にしていて、どこでも見られると思っていた路上物件だから、むしろこちらのほうがそ...

  4. 二〇世紀版「金照寺山」案内記

    太平川より百石橋と金照寺山を望む 05.05●金照寺山縁起金照寺山は楢の木が多く、一時期は楢の伐採地でもあったことから、古くは「楢山」と呼ばれていた。この「楢山」を起源とする地名「楢山村」は天正十九年(1591)の文書にその名が残るほどの古い地名。慶長七年(1602)、八幡坂の北側平地のあたりに、佐竹氏の転封にともない常陸から「天徳寺」(佐竹家菩提寺)が移される。以降「楢山」は「天徳寺山」と呼ばれるようになるが、...

  5. 井戸替えの水神さまと七夕と

    新屋の湧水かつては五百カ所を越える共同湧水と井戸が存在したという秋田市新屋の湧水。その湧水もいまは数えるほどで、飲料に適した水も少なくなった。月遅れの七夕である八月七日は「井戸替え」の日。この日は井戸や湧水の水を抜き、きれいに掃除したあと、新屋日吉神社の神官が新調した「水神御幣」を水口に祀(まつ)り、一年のあいだ水が涸れることのないようにと水神さまに祈願した。新屋の水神御幣新屋の水神御幣「井戸浚(...

  6. ウインクする仏陀・街角の顔

    10.07眉間に白毫あり_________関連記事顔に見えるモノ(ひみつ基地内タグ検索)...

  7. 竿燈まつり点描・平成二十二年度

    35℃の猛暑を記録した8月6日はヒロシマ原爆記念日、県民会館の国旗も半旗に。戻り竿燈(町内竿燈)川反_________関連記事二〇世紀ひみつ基地 竿燈まつり点描・平成二十一年度竿燈(ひみつ基地内検索)関連リンク秋田竿燈まつり-Akita Kanto Festival- 国重要無形民俗文化財...

  8. 四丁目橋に夜のとばりが落ちる頃

    勝平得之『四丁目橋夕景』昭和初期空の青さと夕陽の赤紫色が共演する夕刻のひととき、写真用語でいうマジックタイムの、土手長町通りから見た四丁目橋界隈。紺色に染まる光景のなか、人力車が客待ちする橋のたもとの建物から長く伸びる電灯の陰を、人影と重ねて描く演出が印象的。得之の初期作品に特有の、ジオラマのなかの風景のような、どこかノスタルジアを感じさせる版画作品である。橋の向こう、川反五丁目の角に建つ半円アー...