追悼・池田修三氏

川端たぬき

版画家の池田修三が昨年の暮れ逝去したという。

検索してもおくやみの記事が見つからないのは密葬だったためだろうか。

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修三は大正十一年(1922)秋田県象潟町に生まれ、旧制本荘中学から東京高等師範学校に進学。昭和二十一年から由利高校教員として六年間勤務した後、秋田市の聖霊学園に三年間勤務、昭和三十年に上京し、木版画に専念する。少女や子供たちの情景を得意とした。

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この作品は美術教師として聖霊学園に勤務していた時代の習作。
校舎か宿舎らしき建物で、清々しい朝の光を浴びる女生徒の姿が、モノクロの陰影に印象深く刻まれている。聖霊の制服は当時はセーラー服だった。

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これも同時代の習作。
千秋公園から太平山を眺めたものだろうか。
晩年のものよりも、この時代のモノクロ作品に魅力を感じる。

芸術的評価は決して高くはなかったが、80年代には秋田相互銀行(あけぼの銀行)のカレンダーや通帳に、修三の版画が使われたため、名前は知らなくとも、秋田県民にとってその作品はなじみ深いものになっている。

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Comments 2

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古豆
そういえば

銀行のマッチ箱の絵もそうでしたね。

木版画・・・かなりしんどい作業。
初期の作品が良いということが往々にしてありますね。

mix-hanabi

四国に住んでいるものですが、先日版画専門の画廊で、池田修三氏の版画と出会いました。画像検索にはない「野菊」という作品でした。
1960年代頃の懐かしい香りがしました。1980年頃の作品なのに。
亡くなられたのですね。残念です。

  • 2005/11/06 (Sun) 12:45
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