1974 ドリフターズ主演映画・秋田ロケ地巡り

1974年の夏休みは秋田松竹に全員集合!!

秋田でロケ撮影したザ・ドリフターズ主演映画『超能力だよ全員集合!!』が、1974(昭和49)年8月3日(土曜日)に封切られた。上映館は秋田市有楽町「第1シネマビル」1階の「秋田松竹」で、9月17日まで続映。

フィルム輸送の関係で、地方都市での封切りは東京周辺から一週間ほど遅れるのが普通だったが、動員数を期待できる秋田ロケ作品だけあって、特別に東京と同時に上映されている。

ドリフターズ
▲新聞広告

秋田市・能代市大ロケ作品
■協力−秋田市・秋田市観光協会
 秋田銘菓さなづら・新政酒造KK
■秋田市映画教室委員会推せん券をご利用下さい。

いま話題沸とうの超能力についてドリフが結論を下します!
超能力でまき起す大騒動!

ドリフターズ
長山藍子
夏八木勲
榊原るみ
由利徹
伴淳三郎
フィンガー5

近日公開
能代 中央
大曲 月岡
大館 中央
花輪 映劇
横手 東映
湯沢 光座
鷹巣 東映
角館 平和

吉永小百合をマドンナ役に迎えた、渥美清主演の「男はつらいよシリーズ」第13作『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』と2本立て、とは言っても、メインはあくまでも寅さんで、どちらかというと、ドリフの方は子供向けの客寄せパンダ的な存在であった。

盆と正月・夏休みと冬休み、年2回上映される寅さんシリーズが松竹映画の恒例となっていた時代で、冒頭の新聞広告の文面に「ご家族お揃いで楽しめる夏休み最高の娯楽」とあるように、家族連れの観客も多かった。

ドリフターズ

本作が上映された1974(昭和49)年3月、ドリフターズの最年長メンバー・荒井注 が脱退、ドリフの付き人であった当時24歳の志村けんが正式メンバーに昇格。

付き人時代に東宝のドリフ映画にチョイ役で出演(クレジットは本名)したことがあったが、芸名・志村けんとしては本作が映画デビュー作ということで、新型コロナウイルス感染症で志村が亡くなったとき、追悼番組として本作も放送された。

2000(平成12)年、VHSビデオがリリースされた後、DVD化もBD化もされていないが、2022年8月時点で「Amazon Prime Video」「U-NEXT」「Hulu」などで配信されている。

ドリフターズ

70年代のオカルトブーム

本題に入る前に時代背景を説明すると、この年はオカルトブームのまっただ中であった。

前年の1973(昭和48)年11月、“1999年7の月、人類が滅亡する” という主旨の『ノストラダムスの大予言 』が出版されると、オイルショックにより経済状態が悪化し、先行きに対する不安が広がるなか、100万部を突破するミリオンセラーを記録。

つのだじろうの怪奇漫画『うしろの百太郎』を発端に、小中学生を中心にコックリさん がブームとなり、それにともない各地で集団ヒステリー事件が発生。心霊現象や霊能者を扱ったテレビ番組も増加し、いわゆる新新宗教の動きも活発化する。

1974(昭和49)年2月、ユリ・ゲラーが初来日。テレビで念力(自称)によるスプーン曲げなどを披露すると、その影響を受けて各地に超能力少年が誕生。

最終的にテロリスト集団と化した「オウム真理教 」教祖・麻原彰晃も、青年時代にオカルトブームの影響をモロに受けた世代だ。

オカルトブームがピークを迎えた年に上映された本作は、そんな世相を風刺する内容となっている。

ストーリー
当たらない易者の井刈長山の元に、記憶喪失の放浪詩人・加藤ヒデオが現れた。彼が持っていた『ノータリンダメスの大予言』という詩集を読んで、長山は驚く。そこには長山の暮らしぶりが書かれており、しかも全て当たっていた。長山はヒデオを本物の超能力者だと思い、ヒデオに「知らない様」と命名して大儲けを企む。そんなヒデオ、実は秋田の材木屋の跡取りで、家出をして行方不明になっていた男だった。その頃、ヒデオの実家方面では怪しげな新興宗教が悪事を働いていた…。

キャスト
易者・井刈長山:いかりや長介
詩人・加藤ヒデオ:加藤茶
不動産屋・仲本工作:仲本工事
不動産屋社員・志村けん八:志村けん
焼鳥屋・高木風太:高木ブー
しの:長山藍子
清:夏八木勲
洋子:榊原るみ
幸子:秋谷陽子
雲山一斎:伴淳三郎
川上銀次:由利徹
川上たみ:楠トシエ
玉井白山:玉川良一
‥‥後略‥‥

超能力だよ全員集合!! - Wikiwand より

中谷地町・失われた屋敷町のおもかげ

以下に秋田ロケのシーンをピックアップ。

ドリフターズ

協力:秋田市、秋田市観光協会、新政酒造、能代市・三国材木店、秋田銘菓・さなづら

秋田民衆駅

 ドリフターズ

加藤茶が演じる加藤ヒデオの実家「加藤材木店」のロケ地は、オープニングタイトルに “協力” として名を連ねた、能代市の「三国材木店」。廃業して久しいようで、ネット検索でも見つからない。

ドリフターズ

病気で寝込む加藤の父を祈祷する新興宗教団体「お恵み教」幹部と教祖を演じる由利徹楠トシエ。二人は加藤家の財産を狙っている。

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「お恵み教」の二人を乗せた車は教団本部へと帰る。

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野菜を背負った行商の婦人と秋田犬を配した、どこか見覚えがある街並。右手奥の建物に掲げられた袖看板に注目すると「水野旅館」とある。

ドリフターズ

同旅館が存在したのは秋田市中谷地町(なかやちまち)、現在の秋田市中通四丁目。ということは「水野旅館」の南隣、上掲画像の右手に映る門柱の家は、東京大学名誉教授で経営学者・中村常次郎(1907~1980)の秋田の別邸だろう。

秋田市茶町菊ノ丁(現・大町二丁目)に生まれ、晩年は「秋田経済大学・秋田短期大学」(現・ノースアジア大学 ) 副学長などを務めた、中村常次郎の生家のことは、以下関連記事を参照のこと。

中谷地町
▲2022.09 中谷地町

中谷地町という旧地名にピンとこなくとも、老舗予備校「秋田予備校」のある通りといえばわかりやすい。

ドリフターズ

ドリフターズ

「お恵み教」教団本部のロケ地は「秋田予備校」の真向かい、中村常次郎邸の南隣に存在した大野家住宅。教団の二人は前庭を通って屋内に入るが、その事務所は別の場所での撮影だ。

中谷地町
▲2010.10 中谷地町 大野家住宅

板塀で囲まれた大野家住宅は、江戸中期の建築といわれる宏壮な邸宅で、藩政時代の町割りそのままなため奥行きもある。周辺地区で武家屋敷の面影を残す最後の物件だった。

中谷地町
▲2010.10 中谷地町

Googleストリートビューで在りし日の周辺を探索できる。

中谷地町
▲2012.10 中谷地町 Googleストリートビュー

中谷地町
▲2012.10 中谷地町 Googleストリートビュー

中谷地町
▲2013.10 大野家住宅跡

2013(平成25)年、大野家住宅解体、跡地は広い駐車場に姿を変え、隣接した中村常次郎邸と「水野旅館」も駐車場となって久しい。


▲大野家住宅跡周辺

かつて周辺には武家屋敷の面影を残す、板塀を巡らした広い庭のある邸宅が多く見られた。今も同地に残る旧家には、板塀と前庭を取り払って月極駐車場とした例もある。

中谷地町の西隣、藩政時代は参勤交代の道であった東根小屋町(ひがしねごやまち)現・中通三丁目に存在した上級家臣の屋敷・黒澤家住宅(国重要文化財)も、1985(昭和60)年解体。その後、金照寺山・一つ森公園内に移築・復元され、中通三丁目の跡地はマンション「パークハイツ中通」となった。

中谷地町
▲2022.09 中谷地町から駅方面(東)を望む

中谷地町の “谷地”(やち)とは東日本で低湿地帯を意味することば。藩政期に湿地帯を埋め立てて整地された、中谷地町の「水野旅館」跡を背にして東側、秋田駅方向を眺めると確かに徐々に標高が上がっているが、往時はもっと標高差があった。

上掲画像右手角地の建物が、秋田初のジーンズショップ「アメリカ屋」跡。

上掲画像左手にある「土手谷地町街区公園」は、幕末の国学者・平田篤胤(幼名・大和田正吉)の生誕地である大和田家の跡地。

中谷地町の東側の土手谷地町と、高禄の上級武士が住む屋敷町だった高燥な台地・長野町に、1898(明治31)年、仙台の「歩兵第十七連隊」が移設された。そのため、中谷地町を境とする東側には旧家も藩政時代の町割りも全く残っていない。

長野町の高台は十七連隊の建設で整地されて標高を低くして、十七連隊が終戦により解体されたあと、さらに高所を削って新道路を整備し、現在の地勢が完成したという。

十七連隊付近地図
▲明治末期 ピンクマーキングのあたりが中谷地町の映画ロケ地

千秋公園・大森山展望台・竿燈風景

ドリフターズ

ドリフターズ

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悪事を企む新興宗教の連中も検挙されて一件落着。

「加藤材木店」の娘と従業員(夏八木勲)との結婚式を千秋公園本丸「八幡秋田神社」で執り行ったあと、一行が記念撮影に向かった場所は、千秋公園から遠くはなれた「大森山展望台」。千秋公園内には撮影に適した展望の開けた場所が無かったためだろう。

ドリフターズ
▲大森山展望台

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▲大森山展望台

ドリフターズ

続いて竿燈祭りの冒頭場面、左手に盆踊りの輪、右手に竿燈遠景のロケ地は、秋田市役所の西隣、八橋運動公園内の「市民グラウンド」と思われる。「市民広場」とも称して、かつては市主催の盆踊り大会が行われ、二面の球場は草野球のメッカとなり、のちにナイター照明も整備された。

現在は半分が芝生の「八橋健康広場」もう半分が人工芝の「スペースプロジェクト・ドリームフィールド・第2球技場」と名を変え、主にプロサッカーチーム「ブラウブリッツ秋田」の練習場、ラグビー練習場、学童サッカーの試合会場などに使われている。

ドリフターズ

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続くシーンは旭川に架かる四丁目橋での竿燈風景。風情ある木橋のたもと、左手前が川反五丁目の老舗菓子補「開運堂」。右奥に川反四丁目「まるさ履物店」。

四丁目橋
▲2022.09 四丁目橋

俳優陣が竿燈とからむシーンのロケ地は、かつては昼竿燈や竿燈妙技会も行われた中土橋通りの「秋田県民会館」前。封切り1ヶ月前の1974(昭和49)年7月に撮影された。

ドリフターズ
▲夏八木勲

ドリフターズ
▲夏八木勲

川口竿燈会の袢纏を着て、腰で竿燈を指す「加藤材木店」従業員役の夏八木勲。竿燈本体を映さないので、継ぎ竹を一本だけ帯に固定し、指している振りをしているのだと思う。

かつての川口には、雄物川を船で運ばれてきた木材の陸揚げ場があり、製材工場や木材店の多い町だったので、川口竿燈会の選択は理に適っている。

ドリフターズ

一方「加藤材木店」の息子役を演じる加藤茶とドリフのメンバーは、四十間堀町竿燈会の袢纏を着て、提灯もまばらな子供用のボッカレ竿燈を奪い合うドタバタを演じている。

ドリフターズ

ドリフターズ

上掲画像の背後、高所から見物する人々が立っている場所は、県民会館に出演するアーティストのツアートラックや機材車がよく利用した駐車場だ。

竿燈
▲2008.08 中土橋通り 県民会館前 竿燈妙技会

ミルハス
▲2022.06 中土橋通り あきた芸術劇場ミルハス

2022(令和4)年6月、県民会館跡地に県と市が共同で整備した複合文化施設「あきた芸術劇場ミルハス」竣工。2022年9月23日グランドオープン。

今(2022)約50年前にドリフ映画のロケ地となった千秋公園入口、中土橋通りの景観は大きく変容している。