ペコちゃんのつぶらな瞳に涙哉

「不二家」の今回の不祥事について、消費期限とか賞味期限の少しぐらいは切れたものでも平気で食べられるほうなので、始めは大げさに騒ぎすぎと感じていた。しかし責任をパート従業員におしつけたあげく、ほかの工場からも次から次へとボロがでて、もはや自主再建は困難との声もあるほどの取り返しのつかない事態におちいり、永年築き上げてきたブランドの信頼はもろくも崩壊してしまった。

「愛と誠心(まごころ)と感謝を込めて、お客様に愛される不二家になりましょう」という社是が、今となっては虚しい。

●不二家の歴史

「不二家」の歴史は、明治四十三年、横浜元町に藤井林右衛門が二十五歳で洋菓子店を開いたことに始まる。「不二家」の屋号は、藤井家の「藤」と万葉集に登場する「不二嶽」(富士山)にヒントを得て命名された。

林右衛門は洋菓子の最新技術視察のため渡米、帰国後、日本初の「天然果汁入りソーダ水」を目玉にした喫茶室をオープンさせ、大正十一年、日本初のショートケーキの販売を開始。

日本のどこにでもみられる、スポンジ生地で生クリームをはさみ、イチゴをトッピングしたショートケーキは、「不二家」が発明した日本独自の洋菓子。対して欧米でショートケーキといえば、「ショート(short)」という言葉が「さくさくする、ぼろぼろする」という意味合いであるように、パイやクッキー・ビスケットのような乾燥したお菓子なのである。

●ミルキーはママの味

子どものころは、 パラソルチョコや ルックチョコが好きだったが、「不二家」といえば、ママの味「ミルキー」の存在が大きい。

「母親を思わせるやさしく、どこか懐かしい、母親が安心して子供に与えられる味」。戦後の荒廃が残るなか、初代社長・藤井林右衛門は、そんな「ママの味」をキャッチフレーズにした新製品を模索していた。戦災で焼け残った一つのボイラーを使い、試行錯誤の末に完成したそれは、練乳をたっぷり使用したやさしくやわらかな味の贅沢なお菓子。

始め「ジョッキー」と命名されたものの、牛乳のイメージを生かすために「ミルキー」と変更し、昭和二十六年、不二家銀座店で一箱十円で発売を開始。栄養豊富で美味しく手頃な値段の「ミルキー」は、銀座店の大人気商品となり、翌年には全国の小売店に卸売りを始める。

「ミルキー」の販促キャラクターとして誕生し、「不二家」のシンボルとして愛されつづけた「ペコちゃん」は、戦前から社内に原案があり「ミルキー」が発売される前年には、すでに銀座店の店頭人形として登場したという。

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撮影・田沼武能

ボロボロの服に裸足の少年が羨望のまなざしを送るのは、人形の手にぶら下げられた「ミルキー」のパッケージ。高度成長以前の東京に暮らす子どもたちを撮影しつづけた田沼の傑作である。

どう見ても「ペコちゃん」とは思えない、むしろ「クレヨンしんちゃん」のような面影の店頭人形は、紙の張り子で風が吹くとゆれ動き、荒天の日は店内に入れられた。

張り子の人形が作られたきっかけは、昭和二十五年に日劇ダンシングチームが公演した「真夏の夜の夢」のなかに、張り子の動物が登場するシーンがあり、それにヒントを得て「ペコちゃん」人形を日劇の大道具さん作ってもらったのが始まりという。三十五年には軟質プラスチックの素材で店頭人形が作られ、細かなデザインの変遷を経て現在に至る。

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初期パッケージと現在の「ペコちゃん」

樹脂製のカバーに入った黒目が動くパッケージがなつかしい。

昭和三十六年、「F」をデザインしたロゴマーク誕生。時代を経ても色褪せない秀逸なデザインを手がけたのは、米国タバコ 「ラッキーストライク」のパッケージや、シェル石油のマーク、日本では専売公社の「ピース」で有名な、伝説的な商業デザイナー、レイモンド・ローウィ(1893-1986)。

「F」には「不二家」のFのほかに、ファミリア、フラワー、ファンタジー、フレッシュ、ファンシーの五つの意味が含まれているのだが、ファミリア(家庭的=同族経営)とフレッシュ(ノンフレッシュ)というキーワードが今、皮肉に響く。

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昭和二十七年・新聞広告

●ペコちゃん・ポコちゃんは東北人?

「ペコちゃん」と、そのボーイフレンドとして昭和二十六年に誕生した「ポコちゃん」。二人の名前の由来は「ペコちゃん」が、方言として東北地方に多く分布する「ベコ」=「子牛」。「ポコちゃん」は室町時代の古語で「幼児」を表し、方言として残る「ボコ」を、それぞれ西洋風にアレンジしたもの。

「ペコちゃん、ポコちゃん」を秋田方言でいうと「ベゴちゃん、ボッコちゃん」。呼び名を変えただけで、都会の子どもが、一気に田舎のワラシ(童)に変身する。

「ベコ」=「牛」の語源は、その「ベー」という鳴声に基づくもので、「ベー」に指小辞(可憐・親愛の情をこめた接尾詞)の「コ」が付けられて「ベーコ」→「ベコ」と変化したものらしい。

東北地方では「ベコ」にさらに指小辞を加えた「ベゴッコ」という表現もあり「牛」を表すが、西日本に分布する「ベコ」は「子牛」に限定した言葉で、こちらは「べー」と鳴く「子」という意味で、その地方で成牛を意味する方言は「ベー」。

猫の「コッコ」、犬の「コッコ」などと、動物の子どもにも指小辞を付ける秋田方言の場合、「子牛」は「ベゴのコッコ」となる。「コッコ」は、小さき存在に対する情のこもった、なんとも可愛らしい方言である。