広小路に「秋田プラザ」オープン・1970

昭和51年(1976)書籍広告
木内デパートの東隣にあった秋田地方裁判所が山王に移転した跡地に、「秋田プラザ」と「秋田第一ホテル」が入居するビルが竣工したのは昭和45年(1970)。現在の「キャッスルズアーケード」「キャッスルホテル」である。
建物を管理する「秋田ビル株式会社」の社長には、秋田市長・川口大助が就任。当初は商工会議所が運営にあたる予定だったが、出店する業者間で話し合いがまとまらず、やむなく打開策として第三者の市長に就任を依頼した経緯があり、川口氏は無給の社長職であった。

上空から俯瞰すると、Y字型のホテルの周囲を、六角形のショッピングモールが取り囲むように設計された、今まで見たこともないユニークな構造と、他にはないおしゃれなテナントが県民の話題になり、オープンの日は約五万人もの客が押し寄せた。
三階までの「秋田プラザ」のテナントは、衣料品、食料品、飲食店など、市内の有名店を中心に七十店以上が、一番街から八番街まで区画されていた。
回廊になっているショッピングモール部分は当初はつながっておらず、途中で行き止まりだったが、人の流れを無視した設計は利用者の評判も悪く、間もなく壁を撤去して貫通させている。後年に木内デパート側の出入口付近壁面に、シースルー構造のエスカレーターが新設された。ホテル部分は、建物の裏手にあった露天駐車場をつぶして大幅に増築され、その部分にホテルのフロントがある。

07.09 県民会館の土手より
左手の色の濃い部分が増築されたホテルと、後ろに立体駐車場。
三階にはレストランや、「カシワヤ楽器」のほかに催事スペースがあった。記憶に残っている催し物は、「横井庄一さんグアム生活展」(1972)、「山下清絵画展」(1973)、「ホログラムの幻想展・レザー光線が開く三次元の世界」(1976)など。
当時は市内のほかのデパートでもさまざまな催し物で客を集めていたが、なかでも「秋田プラザ」は熱心で、特に人気を集めたのが、72年にグアム島から帰還した元日本兵・横井庄一氏をテーマにした「横井さんグアム生活展」。三階の催事場だけではスペースが足らず、二階の一部を特設会場にして開催され、グアム島から持ち帰った生活用品や、自らの考案よる手製の編み機、穴居生活を再現した実物大の模型などが展示された。

昭和47年(1972)新聞広告(部分)
グアム島から帰還して間もない横井さんフィーバー冷めやらぬなか、連休中の「秋田プラザ」には、県内から多くの観覧客が訪れる大盛況。広小路に面して設けられた専用入口の前には長い行列がつづき、ようやく会場に入っても係員にせかされて、人込みをかいくぐりつつ展示物を観た記憶がある。

07.09
最近になって、東側二階にチャペルがオープンした。
「秋田プラザ」の名称は「キャッスルプラザ」と「キャッスルズアーケード」となり、テナントの数も減少し、入居する業種も大きく変わっている。

07.09 広小路夜景
広小路のキャッスルホテル部分の夜景の写真がとてもきれいです。昔のキャッスルアーケードのことも教えていただき参考になりました。ありがとうございます。