消える昭和・レストラン「ニューたけや」秋田駅前

2009.11
秋田駅前で永年にわたり県民に親しまれたレストラン「ニューたけや」が、この12月25日(2009)44年の歴史に幕を下ろした。
内外装のリフォームと、アーケードに隠れているため、あまり時代を感じさせないが、建物自体はオープン当所から変わらない。

「ニューたけや」が落成する前、旧久保田町にあたるこの角地にあったのが、「たけや製パン」の二代目社屋兼工場。初代社屋はすぐ近くの秋田駅前・銀座街。三代目社屋は駅裏の館ノ越。そして昭和43年(1968)臨海工業地帯として整地された川尻町字大川反の現在地に移る。

たけや製パン・久保田町社屋

新聞広告 昭和40年
県民待望の大衆向けレストランが、いよいよ秋田駅前久保田町に実現、開店の運びとなりました。予告には「22日開店」とあるが、少し遅れた昭和40年(1965)11月25日にオープン。「東北唯一のマンモスレストラン」のコピーは、この時代の広告にありがちな誇大表現だろうが、一階フロアの中央にカラフルなライトで照らされた噴水のある、高級感が漂うレストランは当時としてはさぞかし斬新だったことだろう。
和風、洋風のムードを遺憾なくとり入れた苦心の設計に室内をいろどる五色の大噴水などはきっとみなさまのご満足をいただけるものと確信しております。
どうぞお気軽にご利用のほどお待ち申しあげます。
昭和30年代から40年代にかけて、店内に噴水を設置したグランド喫茶やグランドキャバレーが流行。秋田では「ニューたけや」に次いで、秋田市民市場の近くに噴水のあるグランド喫茶「富士」がオープンしている。

新聞広告 昭和43年

書籍広告 昭和49年
売り物だった自慢の噴水はリニューアルの際に撤去され、そのあとは客席になった。

昭和55年頃
「ニューたけや」は当所「たけや製パン」の創業者が社長を兼任した直営レストランだったため、扇型に“たけや”の同社の旧ロゴマークに、ナプキンを組み合わせたデザインのロゴが最後まで使われていた。



2009.11
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