よみがえれ「かもめの玉子」東日本大震災



秋田のスーパーでもよく見かける岩手銘菓「かもめの玉子」を製造販売する「さいとう製菓」は、東日本大震災による大津波で壊滅状態におちいっている岩手県大船渡市に本社がある。

大津波の影響で本社機能は壊滅状態、通信ができず営業のめどが立たないが、社員全員の無事が確認されたとのこと。

大船渡といえば昭和35年のチリ地震津波で被害がいちばん大きかった地域。同社のルーツである齊藤菓子店は全壊するも、わずか二ヶ月半で再建。しかし、あれから50年を経て再びの悪夢が港町を襲う。

地震の瞬間、社長がケータイで撮影した映像が YouTube にアップされている。


東日本大震災からこうして避難

まだ揺れがおさまらないうちに「津波が来る」と社員を避難させる社長。本社事務所と工場を隔てる、大船渡港に注ぐ小川に、たくさんの魚が遡上してバチャバチャと暴れている姿が恐ろしい。

動画主のコメントによれば、普段から機会あるごとに、津波の怖さを社員に聞かせており、避難経路は社内の各所に掲示していたという。

チリ地震津波の教訓は社員たちを救った。「さいとう製菓」が二度目の悪夢から蘇ったら、是非ともまた「かもめの玉子」を購入したい。

被災地を、この国を未曾有の悪夢から蘇らせたまえ。


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震災前(青マーキングがさいとう製菓)


震災後

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追記

郊外の高台にある、もうひとつの工場は無傷で今月中には本格稼働とのこと。
かもめの玉子 製造工場が再稼働 「大船渡の銘菓」守る

 銘菓「かもめの玉子(たまご)」で知られる「さいとう製菓」(岩手県大船渡市)が4日、震災でストップしていた大船渡市内の工場を再稼働させた。「かもめの玉子」の生みの親で、大船渡名物に育てた先代社長の遺志を継ぎ、従業員約250人が動きだした。
 同社は震災で港に面した本社が全壊。気仙沼、陸前高田両市などにある五つの直営店も津波に流された。しかし、従業員は全員無事で、大船渡市郊外の高台にあった製造工場もほぼ無傷だった。
 斉藤俊明社長(69)は「工場まで流されていたら、会社は再起不能だった」と語る。工場の機器類の補修、点検を終え、材料の調達のめどもようやく立った。

 20日前後の本格稼働を目指し、4、5の両日で約1トンのあんを練り上げ、6、7日に製造ラインを試運転する予定。
 「かもめの玉子」は、1995年に亡くなった先代社長の斉藤俊雄氏が52年、大船渡港を飛び交うカモメをモチーフにして開発した。当時では珍しく、卵の黄身をイメージさせるあんをカステラで包む和洋折衷の菓子は人気を集め、震災前は1日約15万個を製造し、全国に販路を広げていた。
 俊明社長は「『かもめの玉子』が先陣を切って操業を始めることで、後に続く企業の呼び水になればいい。地元を愛した先代も、きっと同じ思いのはず」と語る。受け継いだ街のシンボルを守り抜く決意だ。
(原口靖志)
河北新報社

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04.14 追記


東日本大震災からこうして避難・そして大津波

避難した西側の高台から撮影した続編。わずか数分間で水かさが増し、町が飲み込まれていく。


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関連リンク

岩手三陸の菓子 銘菓「かもめの玉子」 さいとう製菓

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