動画で見る戻り曳山とドンドコドッケ・土崎湊祭り

七月二十一日の夜も更けて、土崎湊祭りのフィナーレを告げるノロシが上がり、哀調をおびた「あいや節」の囃子にのせて曳山が動き始める。「御幸曳山」(みゆきやま)によって相染に集合した曳山が各町内に帰る「戻り曳山」(もどりやま)のスタートだ。

▲平成23年 戻り曳山・南幕洗川

▲平成23年 戻り曳山・将軍野五区・旭町一区

▲平成23年 戻り曳山・本山町

「戻り曳山」の道中に踊られるのが土崎名物の「ドンドコドッケ」。

「ドンドコドッケ」というのは太鼓のリズムを言葉で表した擬音語で、外旭川・土崎地区など秋田市北部地域に古くから伝承するテンポの速い盆踊り。

伝えられている歌詞の一部を掲載するが、もともと定まった歌詞はなく、その場の地口(即興)で唄われたものなのだろう、今でも各町内独自の歌詞で唄われることもある。

新屋浜から白帆が見える
これは相染の手ぐり舟
ドンドコドッケドン
ドンドコドッケドン
ドンドコドッケ ドンドコドッケ ドンドコドッケドン
アラッイヤサカサッサト

盆の十三日踊らね姐こ
そこの家の前さ地蔵立てる
ドンドコドッケドン
ドンドコドッケドン
ドンドコドッケ ドンドコドッケ ドンドコドッケドン
アラッイヤサカサッサト

踊りおどらば三十が盛り
三十過ぎれば子も踊る
ドンドコドッケドン
ドンドコドッケドン
ドンドコドッケ ドンドコドッケ ドンドコドッケドン
アラッイヤサカサッサト

野趣あふれる「ドンドコドッケ」を耳にすると、DNA に刻まれた先祖からの記憶が、音霊(おとたま)によって呼び覚まされるのか、えも言われぬ感情が沸きあがり胸が熱くなってしまう。哀調の「あいや節」から一転「ドンドコドッケ」に変わる瞬間がたまらない。

▲ドンドコドッケ・幕洗川二区

 


竿燈が運行する際に演奏される「流し太鼓」もこの盆踊りから派生したお囃子で、「ドンドコドッケ」のテンポをゆるやかにすると「流し太鼓」になる。

▲2010竿 燈妙技会 囃子方決勝 ①秋田県立大学(優勝)

冒頭が「流し太鼓」、続いて「本囃子」。竿燈の演技中に演奏される「本囃子」は土崎湊祭りの「寄せ太鼓」が原型で、佐竹義宣公が秋田転封の際、常陸の「天神ばやし」を移入したものといわれ、佐竹氏の祖・佐竹昌義(1081~1147?)の時代に始まった、城下で戦場に向かう農兵を鼓舞する勇壮な出陣芸能が起源という。

▲太田まつり 天神ばやしパレード 2016年8月14日

上掲動画が佐竹氏の縁で秋田市の姉妹都市になっている、常陸太田市に伝わる「天神ばやし」。

湊山

盆踊り

全く同感です。
曳山がとまり、あいや節から盆踊りに移るときは、震えます。
初めて戻り山を曳いた頃は、他の踊りはやらなくて、ほぼ盆踊り一辺倒でした。今のように運行もタイトでなく、ちょっと動かしては止まるたびに、盆踊りが始まったものです。
まだ、ロウソク明りの灯篭が、揺れていた時代です。

あの地口は都々逸ですね。
「金子山から 土崎みれば あまりちっちぇくて なもみえね アーイヤサガサッサ 今日のお祭り 正月から待ってだ- 待ってだお祭り 今来たよ」

2011.08.05 Fri 13:12
川端たぬき

Re: 盆踊り

> 全く同感です。
> 曳山がとまり、あいや節から盆踊りに移るときは、震えます。

コメントありがとうございます。

数年前にドンドコドッケのリズムに心を打たれて以来、これを聞かなければ夏が来た気がしません。

まだ交通量が少なく、夜を徹して戻り曳山を運行した時代は、また一層の風情があったのでしょうね。

2011.08.05 Fri 22:49