歳の市・正月花

川端たぬき

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秋田市民市場周辺

今でこそ、しめ飾りをはじめとする正月の飾り物しか扱わない歳末の歳(とし)の市も、かつては様々な生活用品が並べられていた。

人生の大半を旅に生き、晩年の二十八年間、秋田に定着し膨大な紀行文を残した、日本民俗学の先駆者・菅江真澄は、享和元年(1801)の日記、『雪の道奥(みちおく)雪の出羽路(いでわじ)』で、久保田町(秋田市)通町での、歳の市の活気あふれる様子をリアルに描写している。

十二月二十九日 家々の軒先に借り家を並べて売っているのは、なのりそ(ほんだわら)、あらめ、芹、青菜、いも百合、すじこ、たかねこ、さけのおほにへ(塩引き)、鱒の新巻、ごぼう、にんじん、ねぎ、大根。
「つかーふなふな」という声はチカと鮒を売る。

あぶりこ、火箸、高坏(たかつき)、くぼつき、折敷(おしき)、みかけばん(高足膳)、鍋、皿、瓶子などの陶器。イカ(凧)、鶯笛、桶、タライ。

「若水桶はどうかね。雪舟木(そりぎ)雪舟木、そりの爪。しんべ、ごんべのわらの雪ぐつ。ぞうりぞうり、あとがけ、乳小(ちご)ぞうり」

「挿し櫛、かんざし、こうがい(整髪道具)、針や南京(太糸で厚地に織った平織りの綿布)、みすやはり(みすやブランドの針)、白い物(おしろい)、べに(口紅・頬紅)や、みやこ(都)の」

「ぶりこ、ひろめ、からすみ、うたあわび、ノリよ、くろのり、ふくろのり、籠行灯(かごあんどん)、むしろ」

「松よ、小松よ、姫小松、霜降り(霜降り松)、五葉(五葉松)、ゆづり葉、炭、柿、かやのみ、くねみ、栗、ゆず、みかん、ほんだわら、ことのばら(ごまめ)」

雪を土手のようにつき固めて、その上に紅葉したカエデ、ハゼノキ、コナラ、山橘、白ヨモギ、シノブ、カヤの葉、ハマゴウ、アスナロ、ツルウメモドキ、アオキバなど、一年間の草木の造花。中には雪の降る今の野山の草木も混ざっている。
「たぶさにけがれたるは、ふりかかる雪にきよまはりて奉る。めせめせ三世の仏の花を(手でけがれたのは、降りかかる白い雪で清めてください。買ってください。過去・現在・未来の諸仏にささげる花を)」といいながら、雪の上に木枝を折っては散らしている。

以上、現代語訳したものをアレンジしてある。「」は売り声。

食料品、雑貨、化粧品、正月の飾り物、凧などのおもちゃまで、バラエティに富んだ品ぞろえ。売り声の言葉も美しい。この当時の歳の市は、まず、十二月十三日を初市として一日市を開き、二十日から三十日までは毎日開かれたようだ。

真澄が記したもので、今も歳の市に残っているのが「正月花」と呼ばれる造花(ドライフラワー)。

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30cmほどのタラの木を台木として、五葉松・浜ガキ・樅(もみ)・ウメモドキ・浜ヨモギなどの枝を交互に差し込み、一本の花を咲かせたようにしたもので、神棚、仏壇、床の間に供える。

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浜ヨモギ(白)、サルトリイバラ・浜ガキ(赤)、かさかさ花(紫)、ユズリハ・五葉松(緑)

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勝平得之「造花」(部分)昭和十二年

冬季間は生花などほとんど無かった時代、冷たいモノトーンの雪景色に彩りを添える色とりどりの造花たちは、現代よりもなお一層の輝きを放っていたことだろう。

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