平成25年度「地口絵灯籠祭り」勝平神社
平成二十五年度・勝平神社例大祭(地口絵灯籠祭り)
通称・毘沙門さんのお祭り
秋田市保戸野鉄砲町
五月十二日(宵宮)十三日(例大祭)
灯籠数・約三百基
勝平神社がある保戸野鉄砲町は鉄砲足軽が住んだ町。
秋田犬の返礼にプーチンから秋田県知事に送られたシベリア原産の猫の名は「ミール」(見ーる)。
古典的地口絵
以上、神尾忠雄氏作の地口絵
▼江戸のユーモア・地口行灯・粋な言葉遊び
江戸に多いものをたとえた「火事、喧嘩、伊勢屋、稲荷に犬の糞」という文句があるが、旧暦二月の最初の午(うま)の日、江戸中の稲荷神社では初午(はつうま)祭りが行われ大変なにぎわいをみせた。
その祭りに欠かせなかったのが「地口行灯」(じぐちあんどん)、いわゆる「地口灯籠」(じぐちとうろう)である。
「灯籠」は本来、仏教で用いられる用具・用語であったから、神社に奉納される場合は「行灯」表記が正しい。
「江戸風俗十二ケ月之内 二月 初午稲荷祭之図」の一部
絵師・楊洲周延 出版・明治二十三年
稲荷神社の参道に並ぶ「地口行灯」の上に雨除けの花笠。
「地口」(じぐち)とは「駄洒落・語呂合せ・もじり」などの言葉遊び。
「地口・じぐち」の語源は「似口・にぐち」、つまり「似た言葉」「似た物言い」のこと。
「地口行灯」には、ことわざ・和歌など、既存の言葉をもじった「地口」が、滑稽な「絵」を添えて描かれ、それぞれの町内が趣向を凝らした「地口行灯」を出してウイットを競い合った。
「地口絵」を描く職人も居て、東京の下町にはその伝統を継承する家が数軒残り、勝平神社例大祭にも、江戸時代から続く古典的な「地口絵」を出品している。
地口「梅の仙人」元句「久米の仙人」
東京都練馬区「国華堂」平田郡司氏(練馬区無形文化財)
「国華堂」は提灯・絵馬・手描き広告などの制作を生業とする。
関連リンク
足立区/国華堂(こっかどう)
地口「尻もつねれバ赤くなり」元句「塵も積もれば山となる」
東京都練馬区「国華堂」平田郡司氏
地口「大かぶ小かぶ山から小僧がぬいてきた」
元句「大寒小寒 山から小僧がないてきた」
東京都荒川区「涙橋大嶋屋」村田修一氏
「大嶋屋」は提灯制作が本業。
関連リンク
足立区/大嶋屋
江戸手描提灯 - クールジャパン-COOL JAPAN「おもてなし」
地口「道具屋お月様みてほめる」元句「十五夜お月様見て跳ねる」
東京都荒川区「涙橋大嶋屋」村田修一氏
「道具屋」=「古道具屋」=「骨董屋」。
江戸中期に始まった「地口行灯」の流行は各地に広がり、秋田でも各所の神社仏閣で行われたが、やがて衰退。
県内で唯一残った勝平神社の「地口灯籠」は、伝統的言葉遊びの枠を越え、世相描写や社会諷刺を盛り込んだ、川柳風の創作地口絵が大半を占める、全国的に見てもユニークなものとなった。
静岡県「三島宿地口行灯」では、創作地口絵が一般公募され、川柳風の形式も見られるが、こちらは、2000年から始まった新しい観光イベントで、情緒にも欠ける。(下記関連リンク先参照)
現在、勝平神社の「地口灯籠」のほとんどは、この道四十数年の神尾忠雄氏が一手に制作(文案・描画)を引き受けているのだが、後継者のことを考えると、将来は「三島宿地口行灯」のように、一般公募の作品が並ぶようになるのかもしれない。
_________
関連記事
関連リンク
江戸時代の駄洒落、地口行灯の味わい深さ(Excite Bit コネタ)
綾瀬稲荷コレクション3回、地口行灯狐編
綾瀬稲荷コレクション4回、地口行灯動物編
三島の地口行灯(静岡県三島市)風流や風刺も効いた言葉遊び
三島宿・地口行灯~第10回: クレマチスの丘
三島宿・地口行灯を見てきました
三島宿 地口行灯(じぐちあんどん)見学ウォーキング